名古屋大学シンクロトロン光研究センター

Synchrotron radiation Research center, Nagoya University

シンクロトロン光

  1. シンクロトロン光とは
  2. シンクロトロン光を取り巻く日本の現状
  3. 特徴
  4. 名古屋大学シンクロトロン研究センターの特徴

シンクロトロン光とは

シンクロトロン光とは、電子が円周軌道をほぼ光の速さで走るとき、放出する光を指し、赤外から可視光、さらに紫外からX線にわたる波長連続で強くて安定な電磁波である。シンクロトロン光は指向性や偏光性などの点で従来の光源にない優れた性質を持っている。シンクロトロン光源は大学のキャンパス内に設置できるサイズでありながら、エレクトロニクス、マイクロマシーン、新物質の創製など材料の開発や材料の解析に威力を発揮してきた。現在までに放射光工学や放射光基礎科学が挙げてきた成果として、

  • 半導体集積回路やマイクロマシンの部品製造に活躍しているX線リソグラフィー
  • 放射光照射による新物質の開発
  • 蛋白質や生体などの複雑な有機物質のX線回折やX線顕微鏡による構造解析
  • 感度の著しく高い蛍光X線分析装置の開発
  • 光電子分光や軟X線分光による電子構造や原子分子の結合状態の研究
  • XAFSによる原子レベルの構造解析

などが挙げられる。このようにマイクロエレクトロニクス産業から新材料創製そしてその原子や電子のレベルでの構造評価に至る幅広い分野で応用範囲を持つことが実証されてきたと言ってよい。さらに、このような分野にとどまらず、ごく近い将来、生体・医療工学の分野で確実に不可欠な装置となることが予測されている。特に、シンクロトロン光発生装置は、蓄積リングと挿入デバイスの改良研究により、医療診断や治療に欠くことが出来ないと予測される硬X線まで利用できる装置に発展すると予見出来る。シンクロトロン光工学こそまさに21世紀の技術革新の鍵を握るテクノロジーである。

シンクロトロン光を取り巻く日本の現状

これまで、日本における放射光関連の学術研究は高エネルギー物理学研究所のPF、東京大学物性研究所のSOR‐RING及び分子科学研究所のUVSORのわずか3基により支えられてきた。平成7年に、文部省は日本における放射光科学を見直すため、日本加速器科学部会に放射光科学に関するワーキンググルーブを作ることを要請した。このワーキンググルーブがまとめた結論は、

  1. 硬X線分野の拡充
  2. 高輝度の極紫外及び軟X線用の放射光光源の全国共同利用施設の建設
  3. 放射光光源の全国への普及

であった。西播磨に建設中の8GeVの大型放射光施設Spring‐8と筑波におけるPFの整備は(1)に沿った計画といえる。また、東京大学や東北大学では(2)に沿った計画が進行中である。また、平成7年度には、文部省は広島大学に、国立大学では最初にシンクロトロン光光源に建設を認めた。これは(3)の提案に応えたものである。このように、日本における放射光科学は21世紀に向けて活発にその活動を開始したと認識している。3つの基本提案の中で、(3)のシンクロトロン光源を全国の拠点大学に普及する計画は画期的であるとともに、日本の科学技術を発展させる上で極めて重要な位置づけにある。特に最近、シンクロトロン光発生装置が日本で開発され、しかも立命館大学で運転が開始されたことはこの計画を推進する上で、大きなインパクトを与えている。その建設費用はわずか20億円以下でありながら、大型シンクロトロン光発生装置と遜色ないエネルギースペクトルが得られ、上に述べたシンクロトロン光研究が推進出来ることが明らかとなってきたのである。我々はこのシンクロトロン光装置の出現がシンクロトロン光科学とシンクロトロン光工学の発展に大きな転機を与えると信じて疑わない。ここ10年の間に全国の拠点大学にシンクロトロン光発生装置が設置され、各大学独自のシンクロトロン光科学が推進されるはずである。

特徴

日本で開発されたシンクロトロン放射光発生装置はマイクロエレクトロニクスの分野や大学などの基礎研究の分野へ今まさに進出しようとしている。実際、大学関係では、平成8年1月の時点で、立命館大学ですでに運転が開始されており、4月には利用者に開放される計画である。産業界では半導体やマイクロマシンの部品製造でX線リソグラフィーはすでに威力を発揮しており、米国や韓国さらに日本の大手半導体デバイス製造メーカーではシンクロトロン放射光発生装置の導入を想定して、最新鋭の工場にこの装置を入れるべくスペースすら用意している状況である。

名古屋大学シンクロトロン研究センターの特徴

名古屋大学は放射光工学を中心とした研究と教育の拠点となり、日本における放射光工学を切り拓く先端大学となることを目標に掲げる。研究と同時に人材の育成と教育に力を注ぐ。NSSR計画の第1フェーズは、放射光を利用した材料の開発と材料解析の研究である。これは現在からこの5年先を睨んだ計画であり、「放射光科学から放射光工学ヘ」が我々のスローガンである。主な研究テーマとして、

  1. 入射放射光と単結晶Si基板による回折線の干渉効果から生ずる波動場で超高真空中を飛来する原子を制御してナノデバイスの作製を試みる研究
  2. 放射光による励起プロセスを取り入れた新しい手法による高精度のナノデバイスの作製技術の確立に関する研究
  3. 複合電子状態の研究
  4. XAFSによる局所構造の解析
  5. 精密結晶構造解析
  6. 蛋白質の構造解析
  7. X線光学素子・顕微鏡の開発研究
  8. 硬X線領域において安定で質のよいシンクロトロン光発生を目指す研究

が提出されている。これらは別添資料に詳しく説明されている。これらの計画の内、(4)~(8)は硬X線領域の研究である。名古屋大学にはこの分野で活躍している研究者が多く、この大学のシンクロトロン光研究の特徴となる。また、(8)はシンクロトロン光装置自体の改良を目指す研究であり、蓄積リング専門の研究者がこれにあたる計画である。そして、これは以下に述べるNSSRの第2フェーズにおける研究を推進するために欠かせない研究課題となる。NSSRの第2フェーズの計画は5年から10年先を睨んでいる。第1フェーズで発展させたシンクロトロン光工学の基礎技術を、シンクロトロン光医療工学とシンクロトロン光生命科学の研究の発展に活かす計画である。特に、XAFSとして知られている特定元素の放射線吸収端に発生する量子振動現象を巧みに活かして、人体の細胞や血液などに起こる異常を診断する技術を発展させる計画である。これは医療量子工学と言える新しい分野の開拓である。この医療量子工学を成功させるために、特定の波長のシンクロトロン光を精度よく分光する技術と硬X線領域のシンクロトロン光を安定に発生させる技術がキーポイントになる。そして、このような技術をシンクロトロン光装置で実現出来れば、これを各都市の大病院に設置することが可能であり、まさにシンクロトロン光ホスピタル構想が実現すると信じている。

このように、名古屋大学ではシンクロトロン光工学をその特徴として掲げるが、当大学は理工系学部として工学部、理学部、農学部、医学部さらに情報文化学部の5学部を擁立する総合大学である。このような幅広いシンクロトロン光工学の発展のためには、工学部だけでなく、理学部、医学部、農学部などの協力が不可欠である。愛知県岡崎市にある分子科学研究所(以下、「分子研」と言う。)には600MeVのシンクロトロン光発生装置(UVSOR)が1983年に設置されており、これまで約10年にわたって固体物理学、気相化学、原子・分子科学、生物、生化学などの研究がシンクロトロン光を使って行われ、シンクロトロン光科学が如何に大きな役割を果たすかを実証してきた。分子研におけるシンクロトロン光を使った研究は原子及ぴ電子レベルで物質のミクロ構造を明らかにすることに主眼がおかれており、軟X線を用いた研究がもっばら行われいる。従って、分子研はシンクロトロン光基礎科学を指向した研究にその特色があるといえる。上に説明したように、名古屋大学の計画は、シンクロトロン光工学を目指し、しかも硬X線シンクロトロン光にもその特徴がある。従って、分子研とは対照的であり、かつ相補的であることがわかる。また、地元の民間企業からはシンクロトロン光照射により自然に還元するような環境にやさしい材料開発の研究テーマなどがNSSRに提案されている。中部地方にはこのような分野の民間企業が多数存在するのみならず、名古屋大学、名古屋工業大学、名古屋工業研究所をはじめとしてシンクロトロン光工学あるいはシンクロトロン光基礎科学に直接携わったり、あるいは関心を持っている研究者の数は極めて多い。このような状況を鑑み、名古屋大学にシンクロトロン光発生装置を設置し、シンクロトロン光工学に重点を置く研究を推進すべきと考える。シンクロトロン光基礎科学を指向する分子研との共存によりシンクロトロン光科学の発展を計る名古屋大学のこのシンクロトロン光計画は21世紀の中部地区、ひいては日本さらには世界における材料科学、特にシンクロトロン光関連産業の基礎を支えるのみならず大学においてシンクロトロン光科学関連の教育を受けた研究者を育成するという重要な任務を担うことになると信じている。